1000年に1度

3月14日

 「2011,3,11」東日本大震災  
 歴史に残る日になってしまいました。出身地が福島なので、書かないで行こうかなと思っていましたが。・・・
思えば、TVの画面の中で自分がかつて訪れたことのある街が無残にも洪水にさらわれていきます。
釜石・石巻・仙台・相馬・・・親族も多く住む郡山の近辺。連絡が取れたのは12日の夕方夜の7時になって。
電気も復旧したそうですが、多くの人の言うように携帯電話は緊急時は使えません。まだ、メールの方が
まし。171NTT災害被災ダイヤルにも多くのメッセージを残しました。

3/11自分自身は、とある学校にいて、14日朝の9時過ぎに車で帰宅の途に就きました。11日当日は皆さんと
同じ様に夜の10時半過ぎまで大きな道路が車でびっしり、歩道は自転車と人の群れ。とても車で帰宅の気に
はなれず翌日の帰宅となりました。遅い夕食は、備蓄の水と乾パン・コンビニのパスタ半分でした。しかし、
TVの画面に次々と現れる現実を見たときは、本当に、言葉もありませんでした。
 
 13日㈰、とりあえず、出品していた「クリエーション美術展」の搬出に王子まで行きました。一番良い
場所に飾ってありましたが、グランプリか無鑑査にと言われ「賞は頂きたい」とは答えましたが…。
暗く沈痛な気分で運転して、帰宅しました。ラジオでは福島原発1・2号機の被災。10km20km圏内の
被災を逃れた人々が、中通りの街へ40km疲労困憊で移動してくる。
その人々を受け入れる施設がない。役所は指示を出せない。

スーパー、ドラッグストアーに品物を買うために家族と一緒に並ぶ自分。
日常が穏やかでないと、絵描きは無力なんだろうか!励ますことは”絵”ではできないのだろうか!

沖縄の4日間は、どこか記憶の片隅に追いやられてしまいました。

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